F. リスト
交響詩「レ・プレリュード」S.97

フランツ・リスト(1811-1886)は当時のハンガリーに生まれ、1821年にウィーンへ移ってチェルニーにピアノ、サリエリに作曲を学び、天才少年として音楽界に登場した。リストが自身の音楽を方向づける芸術家たちとパリ社交界で相次いで面会したのは、30年から35年までの青年時代である。30年12月、リストの交響詩に連なる標題音楽の系譜において最も重要なベルリオーズ「幻想交響曲」の初演を聴いた。32年にはパガニーニとショパンの演奏を聴き、リストのヴィルトゥオズィティが大いに刺激される。またリストは社交界に出入りするうち、現代に名の残る文学者とも多く交流を持った。少年時代に十分な文化的教育を受ける機会を持たなかったリストは、あくまで貪欲に彼らの提供する文芸、哲学、宗教、歴史、政治などの話題を自らのものにしていった。その後の創作に特に大きな影響を与えたのはラムネー、ラマルティーヌ[1]、ユゴーらロマン主義の詩人たちである。なかでもユゴーは「山上で聞こえるもの」「マゼッパ」の二つの交響詩や多数のピアノ作品で参照され、リストの傾倒ぶりが伺える。リストの広範な教養が育てられ、記憶、夢想、自然、愛、無限なるものへの憧憬といったロマン主義のモティーフがリストに蓄えられたのは、このパリ時代のフランス語環境においてこそなのである。

1847年まで続くリストのピアノ・ヴィルトゥオーゾとしての活躍に並行して、「詩芸術への内的なつながりによる音楽の改革」を旨とする、彼の作曲理念の涵養も進んでいた。パリの詩人たちから得たロマン主義精神を器楽作品で実現するために、彼は古典派のソナタ形式から自由でなければならなかった。それは「幻想」の「固定観念」idée fixeも一つの方法であったし、ショパンやリストの一段階前のロマン派音楽を担った作曲家たち、ベートーヴェンの「レオノーレ」、ヴェーバーの「オベロン」、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」といった演奏会用序曲の系譜や、シューベルトの「さすらい人幻想曲」がすでに、標題性を帯びた作品におけるソナタ形式への挑戦を試みている。これらの作品の研究を経て、12作の交響詩と2作の標題交響曲とを完成させたのは、ヴァイマルの宮廷楽長として後期ロマン派へ向かうドイツ楽壇の旗手の顔を見せ始めていた、1850年代のフランツ・リストであった。

1844年、公演のためマルセイユに至ったリストは、ジョゼフ・オートラン(1813-1877)を訪ねた。ラマルティーヌの強い影響下にあった詩人である。7月24日にマルセイユの芸術家たちがリストを歓迎した饗宴があり、そこでリストは歌曲を即興して出席者の一人に歌わせたという。これがオートランの「北風」« les Aquilons » によるものだった[2]。作曲に感謝したオートランはその後さらに四篇の詩をリストに送り、それらも翌年に男声合唱曲とされた。これらの詩をオートランの全集から完全な形で見出すのは容易でない[3]が、「大地」« la Terre »、「北風」« les Aquilons »、「波」« les Flots »、「星々」« les Astres »の4曲からなる作品が「四大元素[4]」S.80としてヴァイマルのGoethe- und Schiller-Archiv(GSA)に自筆譜が残されている[5]

「四大元素」がリスト自身によって演奏されることはついになかったが、やがて「四大元素」への管弦楽序曲が作曲されはじめる。それ以降の作曲過程は必ずしも明らかでないが、これが合唱曲に対して長大になり、独立して1854年2月23日にヴァイマルで初演されたものが、リストの3番目の交響詩[6]「レ・プレリュード」S.97として今日知られる作品である。しかしこの作品は「四大元素」からいくつかのモティーフを明らかに引用しているにもかかわらず、初演当初からオートランへの参照が放棄されている。新たに標題とされたのは、アルフォンス・ド・ラマルティーヌ(1790-1869)の『新瞑想詩集』 Nouvelles Méditations Poétiques (1823)よりXV « Les Préludes » だった。前述のようにリストはラマルティーヌをパリ時代から知っていたし、52年までに作曲された「詩的にして宗教的な調べ」S.173ですでにラマルティーヌに標題を求めているから、突然の鞍替えということではないだろう。しかし作曲のどの段階からラマルティーヌが意識されていたのか明らかではない。また現在出版されているスコアには、375行からなる « Les Préludes » の要約といえそうな「序文」が付されているが、この「序文」の成立過程にも明らかでない点が残されている。

このような事情であるから、我々はリストの「レ・プレリュード」に対して、ラマルティーヌとオートランのどちらを拠り所に読むべきか慎重でなければならない。以下では「序文」と « Les Préludes » とを対応させ、「四大元素」のモティーフも参照しながら「レ・プレリュード」の全体を追うことにしよう。「レ・プレリュード」と « Les Préludes » はいずれも大きく四つの部分に分けられる。

[第1部]
われわれの人生は、その厳粛なる第1音が死によって奏でられる道の歌への一連の前奏曲(une série de Préludes)でなくて何であろうか? 愛(l’amour)はあらゆる存在の素晴らしい曙光である。

霊感を得た詩人の気まぐれな精神(esprit capricieux)が、息吹きの比喩によって楽音を鳴らす。その霊(Génie)が優(douceur)と哀(mélancolie)とを入り混ぜながら愛の主題(thème amoureux)をうたうのが、« Les Préludes » の第一の部分である。「レ・プレリュード」はピアノソナタS.178[譜例C1]によく似たピチカートで始まる[譜例L1]。弦楽器、木管楽器、トロンボーンによってあてどなく紡がれる主題☆は、ベートヴェンが弦楽四重奏曲第16番第4楽章[譜例C2]で用い、後にはヴァーグナーの『ヴァルキューレ』〈死の予告の動機〉[譜例C3]、フランクの交響曲[譜例C4]にも現れる、頻出の音型である。

譜例C1
譜例L1
譜例C2-C4

35小節目にしてようやくハ長調に落ち着き、主題☆の変奏に管楽器のファンファーレが応答する[譜例L2]。

譜例L2

やがて3拍子に変化し、チェロ、次いでホルンが[譜例L3]を歌う。これも主題☆の変奏だが、「星々」[譜例A1](GSA 60/S 21 p. 16)によるものであることが分かる。すぐに短調に移り、チェロがdolenteで[譜例L4]を歌う。同じく「星々」で聴こえる旋律である[譜例A2](GSA 60/S 21 p. 17)。

譜例L3・A1
譜例L4・A2

ヴァイオリンの伴奏が弛緩すると、ホルンによる「愛の主題」[譜例L5]が導かれる。「大地」の該当箇所[譜例A3](GSA 60/S 20 p. 10)は男声合唱のア・カペラである。[譜例L5]に矢印で示した音を辿ると主題 ☆の音型が見えることも重要だろう。

譜例L5
譜例A3

木管楽器が愛の主題を繰り返したあと、« Les Préludes » は愛をうたうのをやめて眠りにつく。今度は詩人が気まぐれな精神に語りかけ、重苦しい(grave)ことを思い起こさせる[譜例L6]。

譜例L6
[第2部]
しかし、荒々しい一吹き(le souffle mortel)が愛らしい幻影を吹きとばし、激しい電光(la foudre fatale)が祭壇を焼き尽くす嵐(orage)の猛威によって幸福の最初のときめきが遮られないような運命(la destinée)が果してあるだろうか? そこには、深く傷つけられた魂(l’âme cruellement blessée)が見出されるであろう。

« Les Préludes » の第二の部分では、人間の運命(la destinée)に対する悲痛が主題化される。「序文」に示されるように、リストはこの運命を嵐の音楽の中で描く。[譜例L7]のチェロに見える半音階が第2部全体を支配する風雨の唸りであり、それを劈く金管楽器のフレーズ[譜例L8, 9]は断定的だ。[譜例L9]は「波」冒頭のピアノ[譜例A4](GSA 60/S 18 p. 1)で「トランペット」と書き込まれている箇所、及びそのあとのテノールに由来する[譜例A5](GSA 60/S 18 p. 3)。

譜例L7・L8
譜例L9・A5
譜例A4

半音階が減衰して嵐が止むと、オーボエ、続いてヴァイオリンの主題☆がやさしく(douce)穏やかな(pacifique)情感を探す[譜例L10]。

譜例L10
[第3部]
そのような嵐(tempêtes)のあとの、田園生活(la vie des champs)のここちよい静けさのなかで、過ぎ去った嵐を忘れ去ろうと努めない者がいようか? それにもかかわらず、初めは自然のふところ(sein de la nature)に魅せられていた者も、この慈悲深い平穏(la bienfaisante tiédeur)のなかに長い間身を任せていることには、耐えられなくなる。

« Les Préludes » ではここは第四の部分にあたる。第三、第四の部分の意図的な入れ替えが、単一楽章の交響詩に緩 - 急 - 緩 - 急のメリハリを実現させている。第2部の嵐とともに、田園はロマン主義者たちが多く憧れて表現してきたモティーフである。ハープに誘われたホルンが牧歌的な主題(thème bucolique)を提示し[譜例L11]、木管楽器と弦楽器の対話による断片的な田園の描写が続く。「愛の主題」と牧歌とが合流する[譜例L12]と音楽は熱気を帯びていき、次の場面になだれ込む。

譜例L11
譜例L12
[第4部]
そして、「警告のトランペットが鳴り響く」(« la trompette a jeté le signal des alarmes »)と、彼を戦列に就かせるべく召喚するその戦争(la guerre)がどのようなものであれ、戦いのなかで、再び自己の意識(la conscience de lui-même)を十分に見出し、そして自己の持てる力(la possession de ses forces)を完全に取り戻すために、彼は危険な部署へ急ぎ赴く。

« Les Préludes » では第三の部分にあたり、現代の戦争(un combat moderne)が叙事的に記述される。Allegro marziale animatoで演奏される、金管楽器による主題 ☆ [譜例L14]、行進曲となった愛の主題[譜例L16] は好戦的( belliqueux )である。 「序文」のうちラマルティーヌを直接引用しているのは « la trompette a jeté le signal des alarmes » の一行のみだが、Tempo di marcia[譜例L16]に至ってはじめて演奏する小太鼓、シンバル、大太鼓とともに、音楽の終盤はトランペットが重要な案内役を果たす[譜例L15, 17]。

譜例L14・L15
譜例L16・L17

第四の部分のあとで冒頭の世界に戻り、霊が詩人から離脱する « Les Préludes » と同じくして、「レ・プレリュード」も打楽器群とともに[譜例L2]へ立ち返り、アーメン終止で音楽を閉じる。

文責:Fg.3 山本大地

[1] ラマルティーヌの愛読したイングランドのロマン主義詩人バイロンは、リストの交響詩「タッソ」でも参照されている。
[2] 「北風」は男声合唱に整えられて8月6日のマルセイユ最後の公演で初演された。
[3] 「北風」は La Vie rural のXLII « les Aquilons »に、「波」は Les Poëmes de la mer の« Chœur » なる詩に一致するところがある。
[4] 「四元素」の概念は古代ギリシアに遡る。アリストテレス『形而上学』983b-984aによると、「かかる哲学の創始者たるタレスは水 (ὕδωρ) をもって原理 (ἀρχή) なりとし、〔…〕アナクシメネスおよびディオゲネスは空気 (ἀήρ) をもって水に先立つもの、単純なる物体中最も本源的なるものであるとなし、メタポンティオンの人ヒッパソスおよびエペソスの人ヘラクレイトスは火 (πῦρ) をもって原理となし、またエムペドクレスは上述のものに第四のものとして 地 (γῆ) を加え、四つのものを置いた。けだしこれら四つのものは 常に不変のままに存する〔…〕」。
[5] GSA 60/S 18, 19, 20, 21など。
[6] 「交響詩」poème symphoniqueの名称を音楽史上はじめて使ったのはリストで、1854年4月に「タッソ」を改訂、再演したときのことである。
    参考文献
  • Antokoletz, E. (2017). Backgrounds and Early Development (Through Liszt) of the Symphonic Poem. International Journal of Musicology, 3, 55–84.
  • アリストテレス (1994).『形而上学』. 岩崎勉訳. 講談社.
  • Einstein, A. (1947). Music in the Romantic era. W.W. Norton.
  • Guichard, L. (1970). Liszt et la littérature française. Revue de Musicologie, 56(1), 3–34.
  • Haraszti, É. (1953). Genèse des préludes de Liszt qui n’ont aucun rapport avec Lamartine. Revue de Musicologie, 35(107/108), 111–140.
  • Lamartine, A. (1968). Méditations. ed. Letessier, F. Classiques Garnier.
  • Main, A. (1979). Liszt after Lamartine: ‘Les Préludes’. Music and Letters, 60(2), 133–148.
  • 柴辻󠄀純子 (2020).『交響詩 レ・プレリュード』. 全音楽譜出版社. 解説.