C.M. von ウェーバー
歌劇『魔弾の射手』 序曲 J.277

§1. はじめに

この曲は、ドイツの作曲家カール・マリア・フォン・ウェーバー (1786-1826) が作曲したオペラ『魔弾の射手』の序曲である。 序曲とは、劇の開始前に演奏される比較的短い楽曲のことであるが、本作品では単なる導入にとどまらず、劇中に繰り返し登場する主要な旋律を随所に散りばめることで、 オペラ全体の世界観や物語の展開をあらかじめ提示する役割も果たしている。このような手法は「ライトモチーフ」と呼ばれることもあり、 後にリヒャルト・ワーグナーによって発展・体系化されることになるが、その先駆けとしてのウェーバーの貢献は極めて重要である。

§2. ウェーバーについて


C.M. von ウェーバー (1786-1826)

ウェーバーは1786年にドイツ北部のオイティンに生まれた。幼少期から、劇団をもつ父と一緒に各地を転々とし、ミヒャエル・ハイドン(フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの弟)、 ゲオルク・ヨーゼフ・フォーグラーといった当時の著名な音楽家からの指導を受けたことによって才能が花開いた。その後、彼はヨーロッパ各地でオペラの改革に尽力し、 『魔弾の射手』(1821年初演)、『オイリアンテ』(1823年初演)、『オベロン』(1826年初演)などの数々のオペラを作曲した。 これらはドイツ・ロマン派オペラの発展に寄与し、特に『魔弾の射手』はドイツ・オペラの礎とされている。1826年、彼は『オベロン』の初演と指揮のためにロンドンを訪れたが、 持病の結核が悪化し、39歳で死去した。彼の遺体は1844年に、ワーグナーの力添えによりドレスデンに帰還した。

ウェーバーの音楽は、物語や登場人物の性格に合わせて音楽を工夫し、場面に応じた雰囲気を色濃く表現した点で後のワーグナーなどの作曲家に大きな影響を与えた。 ワーグナーはウェーバーを「真のドイツ音楽の創始者」と称賛し、自身の楽劇(音楽と演劇が一体となったオペラ)の発展において、その影響を明言している。

§3. 作曲の経緯と影響

オペラの原作はヨハン・アウグスト・アーペルとフリードリヒ・ラウンによる『怪談集』に収められた「魔弾の射手」という短編小説である。 ウェーバーは1810年この本を出版されてからすぐに知り、オペラ化を構想したが、この時は実現しなかった。 しかし6年後、詩人フリードリヒ・キントとの会話がきっかけでウェーバーはこの作品に再び関心を寄せ、キントの台本作成のもと本格的にオペラを創り上げる。 そして、1821年にベルリンで初演された本作品は絶え間ない喝采によって迎えられた。 特に、序曲は全体を繰り返し演奏しなければならないほど熱狂的に歓迎されたそうだ。

また、本作品には自然の中で生きる人々の姿や、悪魔や精霊といった伝承、誠実さや信仰による救済といった要素を含む物語と、 感情や内面的な葛藤を深く表現する音楽の両側面から「ドイツらしさ」を強く感じ取ることができる。 そのため、この作品は「ドイツの国民的オペラ」として親しまれ、国家的な偉業とまで高く評価されたのである。

§4. 『魔弾の射手』のストーリー

ここでオペラのあらすじを紹介する。舞台は17世紀中頃のボヘミアの森である。主人公の若い猟師マックスは恋人のアガーテと結婚するため、翌日の射撃大会で優勝しなければならない。 しかし、近頃のマックスは射撃の調子が悪く、不安と焦りに悩まされている。そんな中、狩人仲間のカスパールが「夜中に狼谷へ行き百発百中の魔弾を手に入れれば勝てる」とマックスを誘惑した。 実はカスパールは悪魔に魂を売っており、契約により翌日までに新しい魂を差し出さなければ、自分の命を失うことになっていたため、マックスを犠牲にして延命しようとしていたのだ。 さらに、悪魔によれば、魔弾は7発あり、6発目まではスナイパーの狙った場所に命中するが、最後の1発の行き先は悪魔自身が決める、しかもそれはマックスかカスパールであるという。 マックスはこれらの事実を知らずに、夜中に狼谷へ行き、魔弾を鋳造する儀式に参加してしまう。一方、アガーテは「先祖の肖像画が落ちる」、 「白い鳩になって飛び回る自分がマックスに撃たれる夢を見る」といった不吉な出来事に胸騒ぎを覚えつつも、マックスの成功を信じて祈り続ける。

そして迎えた射撃大会当日、カスパールと魔弾を分け合ったマックスは魔弾の効果もあって見事な射撃を見せていた。カスパールは途中でこっそりと自分の魔弾を使い切っていたため、 終盤になって、マックスの手元には最後の魔弾が残されていた。マックスは白い鳩を狙うよう命じられて銃を撃つが、それはまさにアガーテが見た夢の情景だった。 悪魔に導かれた最後の魔弾は彼女に向かって飛んでいき、アガーテは倒れてしまった。しかし、彼女は気を失っただけで、幸い彼女のかぶっていた花冠が魔弾を逸らし、 代わりに隠れていたカスパールに魔弾が命中していた。カスパールは悪魔を呪う言葉を口にして息絶えた。

マックスはこれまでの経緯を説明し、罰として領主に追放を命じられてしまう。するとそこへ聖なる隠者が現れて、マックスに1年間の猶予を与え、 その間に誠実さと真の悔い改めを示せば、再びアガーテとの結婚を許そう、という寛大な裁きを提案する。領主はこれを認め、皆も領主の慈悲を称えて神に感謝し、オペラは幕を閉じる。

§5. 序曲の構成
<アダージョ>

冒頭はハ長調の序奏で始まる。濃い霧に包まれるような荘厳なユニゾンで幕を開けると、ホルンが陽気で穏やかな旋律を奏でる。 ホルンが狩猟でよく使われてきた楽器であるということもあり、この部分は狩人が森の中で平穏に生活している様子を想起させる。 ちなみに、この旋律は「主よ、御手もて」という有名な讃美歌のもとになっている。その後、弦楽器がトレモロを始めると、徐々に不穏な空気に包まれていく。

<モルト・ヴィヴァーチェ>

まず、ハ短調の第1主題が提示される。まるで暗い狼谷の中を恐ろしいものがうごめいているかのような雰囲気である。 やがてシンコペーションでクレッシェンドしながら、さらに緊張感が増していき、魔弾を鋳造するシーンで用いられる力強いモチーフが登場する。 そして、勢いにのったまま変ホ長調に転調し、勝利感に満ちたホルンのファンファーレが響く。クラリネットによる牧歌的な旋律を経て、クラリネットとヴァイオリンが優美な第2主題を奏でる。 これはアガーテがマックスを想う愛のテーマであり、陰鬱な第1主題とは対照的に安らかな雰囲気である。

展開部では再び第1主題の力強いモチーフが少し形を変えて登場し、その他のモチーフも次々と現れながら何度も転調していく。 第2主題もト長調となって現れるが、今回はそこへトロンボーンが冷酷に低音を重ねる。ここは彼女の願いをきっぱりと否定し、何か不吉な運命を暗示するかのようである。

終盤では、モルト・ヴィヴァーチェの冒頭主題が再現され、マックスの恐怖と不安を呼び起こす。そして、弦楽器のトレモロが続く中、ファゴットとヴァイオリンによって嘆きの旋律が奏でられる。 徐々にトレモロが弱まり静寂が流れた後、ハ長調へ鮮やかに転調し、アガーテのテーマとその他の晴れやかなフレーズが織り重なったエネルギッシュなコーダによって序曲は華やかに締めくくられる。

§6. 最後に

『魔弾の射手』序曲には、明るい狩人の生活、闇にひそむ悪魔的な力、不吉な予感、そして愛と赦しといった、人生の光と影が豊かに盛り込まれている。 これらが音だけで鮮やかに描き分けられている点がこの曲の魅力であり、演奏する私たちにとっても大きな挑戦である。物語性にあふれたウェーバーの音楽が持つ魔力に心を預けて聴いていただければ幸いである。

文責:毛利天翔 (Vn.2)