ヴァイオリン独奏 篠崎史紀先生インタビュー

総務:今回は京大オケの定期演奏会への出演をお引き受けいただきありがとうございます。これまで3回リハーサルでご一緒させていただいて、京大オケに対してMaroさんがお持ちになった率直な印象を伺いたいです。

Maroさん:みんな真面目だよね。真面目っていうのはね、いい意味で真面目で、悪い意味でも真面目。音楽っていうのは、もう少し自由な部分っていうのがあって、その自由さをもっと出すことができるとものすごいオケになるだろうなと思った。田中先生が厳しいの?

総務:そんなことは全然ないんですけど、田中先生との初回の練習で最初にリストをやったときに、思ったよりもコテンパンにしていただいて。

Maroさん:コテンパン?

総務:はい。それで団員がみんなちょっと慎重になっちゃって、その後二日目にMaroさんとの練習でしたので。(笑)

学指揮:一日目はもうお通夜でしたね。(笑)

Maroさん:お通夜?ありゃりゃりゃ、かわいそうに。(笑)
音楽っていうのは何かを伝えるためにやっているんだよ。世の中には大学オケとかアマオケとかジュニアオケとか色々なものがあるでしょ?だけど、音楽をやるっていうところは、どのオケも変わらないんだよ。例えば今回の演奏会だとラフマニノフだけど、ラフマニノフより天才な人はいないから、そういう意味ではみんなで何かを考えるってことをやればいいんだよね。
もう一つ大事なのは、指示待ちを絶対してはいけないこと。だけど、京大オケっていうのはすごく前向きでものすごく色々なところを研究してやっているのに、絶対ざわつかないんだよね。あれ、何て言えばいいんだろうね。

総務:内面がですか?それとも演奏がですか?

Maroさん:いやいや、要するにクレヨンしんちゃんがいないってこと。

総務・学指揮:いやー。(笑)

Maroさん:音楽をやっていく中で必要なのは遊び心なんだよ。どうやったら規定の中で遊び心を出せるかって言うことをやっていけば、このオケは絶対変わる。
だけど、君たちは解答を求めている。音楽の一番大事なところって解答がないところなんだよね。例えば、練習で客演指揮者が来て、録音とったりビデオとったりするよね。
その上で、次に客演指揮者が来るまでに練習することって何?学指揮は何をやっているの?

学指揮:もう自分のやりたいことをやっていますね。

Maroさん:そうそう。それをやって、アイデアを重ねていくことによって、手数を増やす。引き出しを増やす。チョイスの幅を広げる。ひとつのチョイスだけを一生懸命勉強していくと、考え方がワンウェイになっちゃって他のアイデアが何も出てこなくなるんだよ。だけど、ひとつの物に対して100個ぐらいの考え方を持っていると、その場にきたときに瞬間的にどれかを出せる。この状態を作れるようにすればいいんだけど、学生オケの場合は毎年人が変わるから、なかなかそうなるのは難しい。だけどそれをやっていこうとする先輩たちがいると、京大オケはもう10個くらい皮が剥けるんだよね。脱皮したヘビのようになる。(笑)

学指揮:特に今は結構マイルドな人が多いんですよね。前はすごくギスギスしてどうしようもなかったときもあったらしいんですけど、今はゆり戻しでちょっと優しいトップ奏者が増えて、なんかそう言う時期なんですよね、今は。

Maroさん:年度によって変わるのが学生オケの良いところでもあるし悪いところでもあるから。だからみんなで色々なことに意見を出し合いながら、ダメ出しはしないってことが大切だね。

総務:なるほど。ダメ出しはしないんですね。

Maroさん:うん。だってダメ出しは誰でもできるもん。何を変えたらベターになるかが大事。で、その変えたことによっていくつ自分の中で想像つくものが存在できるかっていうところをみんなで考えていく。そうするとこのオケはものすごく面白くなる。


総務:次に、田中祐子先生について、京大オケでは第204回定期演奏会でご一緒させてもらったのですけれども、今回七年ぶりに客演指揮を引き受けていただくこととなったときのお言葉として、京大オケさんと再演するっていうのに加えて、やっぱりMaroさんとご一緒できるというのが嬉しいというお言葉を最初にいただきました。中プロをご指導いただいている中でも、先生同士の夫婦漫才みたいな感じの掛け合いが聞いていてめちゃくちゃ面白くて、練習を大変楽しませていただいております。田中先生とのエピソードや、どういうご関係でいらっしゃるかなどお伺いしたいです。

Maroさん:Maroとの共演があるからやるって?それMaroに惚れてるんじゃないの?

一同:(笑)

Maroさん:彼女はね、昔アシスタントとしてN響にずっと来てたんだよね。だから、オーケストラの組み立て方とか、ものの見方、考え方に、けっこうMaroと共通している部分があるんだよ。外から見ると、みんなには漫才みたいに見えてるかもしれないけど(笑)、実はね、ただ喋っているように見える会話の中に、キーワードがいくつも入っている。そのどれか一つを拾うだけで、弾き方がスッと解決する、そういう話し方なんだよね。
逆にさ、「ここをこう変えたい」ってはっきり言っちゃうと、正解が一個に固定されちゃうんだよ。「こうしなさい」「こうしよう」って言った瞬間に、他の可能性は全部消えちゃう。
でも、「こんな感じ」「あんな感じ」「そんな感じ」とか、比喩を使って話すと、答えが五つくらい出てくるんだよ。その中のどれを選ぶかを、駆け引きしながら決めていく。そうすると、音楽って生きてくるし、動きが出てくるんだよね。
そういうやり取りを、彼女とは普段のリハーサルでずっとやってる。N響の中でそういうリハーサルをしてきたのも見てきてるから、そういう意味では、すごくやりやすいんだよね。


学指揮:N響のリハーサルでやってきたというのは、団員内での駆け引きということですか?指揮者は客演の方も多いと思うのですが。

Maroさん:客演指揮者との練習回数は限られるから、指揮者がおこなったことに対してMaroが代表して質問したりするわけで。

学指揮:そのときに、幅がでる質問を。

Maroさん:そうそう。幅が出る質問にしたり、それは嫌だっていうのを暗に言ったりとかね。

学指揮:結構そういうときもあるんですね。

Maroさん:あるよ。

学指揮:そういうときばっかりだったりするんですか。

Maroさん:いやいや、指揮者は決して“先生”じゃないよ。Mitgliedっていう言葉があるでしょ。音楽っていうのは、Mitglieder、つまり仲間として創るものなんだよ。
その上に作曲家がいるのは確かだけど、作曲家が楽譜に書いたことがそのまま“正しい”わけじゃない。楽譜に書かれたものから、何を想像して、何を引っ張り出すか。それを指揮者であっても、オーケストラと一緒に、仲間としてやっていかなきゃいけないんだ。
ただね、リハーサル時間は短い。短いときだと二日くらいでやらなきゃいけない。だから、プロのオーケストラの場合は、団員一人ひとりがリハーサルまでにちゃんと準備してくるわけよ。作曲家に対する考え方や感じ方も、人それぞれ違う。だからこそ、個人個人が自分なりに組み立てて音楽を持ってこられる。
その上で、その場、その演奏会に合わせて、みんなでいったん組み立て直す。それをやらなきゃいけないんだよね。
要するに、指揮者が何かを教えて、それを調整していく、っていう話じゃない。指揮者とオーケストラが、何をどう駆け引きしていくか、そこが一番大事なんだ。
演奏家の中には、指揮者の言ってることをそのまま全部取り入れる人もいる。でも、それだけだったら、多分やらない方がマシだと思うよ。機械に打ち込んでる音楽と一緒になっちゃうからね。
だから、指揮者の言ってることを取り入れながら、どれくらい遊べるか。そこを常に考えていなきゃいけない。その駆け引きを成立させるのが、指揮者の仕事なんだよ。指揮者って楽器を使わないと思われがちだけど、実際には奏者っていう、“感情のある楽器”を扱っているわけだからね。
ただ、学生オケとかアマチュアオケの場合は、技術的なトレーニングがどうしてもついてくる。その点はプロオケとは違うよね。音楽についてディスカッションする手前で、もう一回トレーニングをし直さなきゃいけない。
でも、その過程で、どういう駆け引きをするかっていう面白さはある。今回で言えば、Maroと彼女は、同じものを同じように感じながら見てきた時期があるからね。そういう意味では、同窓会みたいな感覚で一緒にできるところもあるんだよ。(笑)

総務:これまで田中先生との間で印象に残っている駆け引きとかありますか?

Maroさん:彼女がN響で振ってくれていたときなんかも、ニタッとこっちが笑って何か仕掛けたこともあるし、彼女が仕掛けてきたこともあるよね。その駆け引きっていうのは、言葉のない会話なんだよ。学校が終わって、家にカバンを置いて校庭に集まって遊んでいる友達同士と同じような感じで楽しい。同じ話は二度と出てこない、でもそれが音楽の一番大事なことなんだよ。 同じものを出しちゃうととてもつまらなくなってくる。毎日カレーは嫌でしょ?(笑)

一同:(笑)


総務:Maroさんとご一緒する曲がメンデルスゾーンということで、メンデルスゾーンのことを中心にお聞きしていきます。今回最初にMaroさんからコンチェルトのレパートリーをたくさん提示していただき、その中からどう絞り込んでいくかというのが難しかったのですが、一番ヒントになったのは、Maroさんと田中先生の中でメンデルスゾーンのヴァイオリンコンチェルト(以下、メンコンと略している。)が一番いいんじゃないかとなった、と伺ったことでした。その理由についてお聞きしたいです。

Maroさん:田中先生がメンコンが良いって言ったの。Maroとしてはメインが何かによってコンチェルトを選ぶっていう方法もあって。

学指揮:では、仮にラフマニノフのシンフォニー2番が先に来ていたら何を選ばれていたんですか?

Maroさん:アレンスキーだったね。スクリャービンとラフマニノフの先生だよ。でも世の中ではあまり知られていない。アレンスキーのヴァイオリンコンチェルトとか聞いたことない?

総務・学指揮:存じ上げないです……。

Maroさん︰そうなのね。(笑)
演奏会のプログラムは、メインに到達するまでのストーリーがとても大事だから、今回の場合、ヴァイオリンコンチェルトからメインへの流れを重んじたかったのよね。
あと、オケって演奏楽曲や時代によって演奏人数や使う楽器が変わってくるから、曲目によっては団員であってもステージに乗ることができないものだよね。だから、学生オケとかアマオケの場合は、演奏会に何人出演できるかっていうところが一番難しい……。だって、学生オケで今年はモーツァルト39、40、41になりましたとか言ったらちょっと大問題になるでしょ。(笑)

総務:そうですね、ちょっと管楽器で暴動が……。(笑)

Maroさん:暴動が起きるでしょ。だからそういう意味でも、メインが何かっていうのはMaroにとって、すごく大事。メインが何かによっては、コンチェルトをメインのストーリーに持っていくにはどうにかしなきゃいけないっていうのがあるからね。

Maroさん:でも今回面白いのは頭と終わりにピアニストの作曲家がいて、真ん中にメンデルスゾーンがいるところだよね。メンデルスゾーンっていうのはロマン派なんだけど、やっぱりロマン派じゃないんだよね。彼はバッハとか古典回帰に走っちゃってたから。だけどやっぱり天才として世の中に君臨していたんだよね。Maroの中では天才の作曲家ってシューベルトとメンデルスゾーンなんだよ。

総務:二人だけなんですか!?

Maroさん:そう!モーツァルトは宇宙人で、ベートーヴェンはベンチャー起業家。物事を新しくどんどん始めてくれる。(笑)

総務:ラフマニノフはどうですか?

Maroさん:ラフマニノフってさ、みんなの中では作曲家なの、ピアニストなの、どっち?

学指揮:私はピアニストだと思います。

総務:六割ぐらい作曲家かなって感じです。

書記:ピアニストだと思います。

Maroさん:やっぱりピアニストとして新しい技術をものすごく開発した人ではあるんだけど、ピアニストの中で作曲家として成功している作曲家はリストとラフマニノフなんだよ。オーケストレーションの作り方とかね。(笑)

一同:(笑)

Maroさん:ショパンはね、ピアノの人なんだよね。彼のピアノは本当に素晴らしい。ショパンのピアノコンチェルトなんかも、ピアノ二台でやるとすごく美しいんだよ。同じ様にスクリャービンのピアノ曲も本当に素晴らしい。
要するに、彼らの音楽はピアノの響きを十分に知った上でそれを作品に落とし込む作曲家なんだよね。

Maroさん:それに対して、ラフマニノフとかリストは違う。あの人たちは、ものすごい響きをオーケストラの中に作ることができる。それと同じタイプの人が、オーケストレーションで言えばラヴェルなんだよ。

一同:あー。

Maroさん:もう、“あー”って感じでしょ(笑)。ムソルグスキーなんかは基本ピアノの人なんだよね。
だから、そういう意味で言うと、今回の前・メインは、リストとラフマニノフの組み合わせだから、全体としてとてもガッチリしてる。その間に持ってくるヴァイオリンコンチェルトとしては、メンデルスゾーンが本当に素敵なんだよね。やっぱりメンデルスゾーン!

総務:やっぱりメンデルスゾーン?

Maroさん:要するにさ、ヴァイオリンコンチェルトで何が聴きたいですか、って考えたときに、ショスタコーヴィッチとか、プロコフィエフとか、チャイコフスキーとか、そういう派手な選択肢ももちろんある。
でもね、人々が“本当に聴きたいヴァイオリンコンチェルトって何だろう”って考えたとき、派手じゃないのに、素敵なものが聴きたいときもあると思うんだよね。それがメンデルスゾーンなんだよ!
それにね、メンデルスゾーンは新しいんだよ。


学指揮:ちょうどそれが次の質問で自分がお聞きしたかったことなんですけど、メンデルスゾーンは、教科書的な語り口だと古典派とロマン派の融合とか、19世紀のモーツァルトとか、昔の話を引っ張ってきてメンデルスゾーンはすごいんだっていう語りをされるけど、あえて彼の新しい側面に光をあてるとしたら何なのかっていうのをぜひお聞きしたかったです。

Maroさん:例えばさ、ヴァイオリンコンチェルトって今まででどうだったの。

学指揮:それってベートーヴェンは新しすぎるからそれより前って話ですか。

Maroさん:いや、ベートーヴェンも入ってる。モーツァルトも入ってる。ハイドンも入ってる。全部、ヴァイオリン独奏が入るまでに、最初に一分半も待たなきゃいけないじゃん。

学指揮:あー、第一提示が。

Maroさん:そう。最初に独奏が出てくるまでにもうえらい長いこと待たされるんだよ。だけど、メンデルスゾーンってどうなってるの?

学指揮:2秒ぐらい。(笑)

Maroさん:タリラリタリタリタリラリしかないわけでしょ。(笑)今まであった?そんな曲。ないんだよ。

学指揮:確かにそうですね。

Maroさん:だからね、要するに彼の中では、ものすごく新しいものを考えてたわけ。これが1楽章のモルト・アパッショナートなんだけど、実は最初に彼が書いた曲は、全然違う曲だったんだよ。ダヴィッドがさ、いらんことをごちゃごちゃ言って、曲を変えていったんだけどね。
でもね、メンデルスゾーンの中で“新しいことをやろう”としていた、その匂いみたいなものは、あちこちにちゃんと残ってるわけ。
で、その“新しいものをやる”っていう姿勢は、やっぱりものすごくいいなと思う。新しいことをやるって、ものすごく勇気がいるよね。だって、必ず賛否両論になるから。
いきなりさ、タリラリタリラリタンタターラララ、って、今までと全然違うものが出てきたら、人はびっくりするでしょ。最近、とんかつにチョコレートがかかってきたの、知ってる?(笑)

学指揮:ありました、ありました!

Maroさん:名古屋にあるよね。

学指揮:京大の食堂でも一回出たことがあります。賛否両論でした。

Maroさん:賛否両論!ハンガリーの学食ではね、スパゲッティにジャムっていうのがあるんだよ。

学指揮:いやぁ。

総務:いやぁ、意外と合うんじゃないですかね。(笑)

一同:(笑)

Maroさん:それと、びっくりさせるだけのものになるのか、それとも定番になるのかはわからない。あんぱんは定番になってるでしょ。カレーパンも。あれは日本の文化にまでなっちゃったからね。日本のカレーもそうだよね。日本のラーメンもそう。味噌ラーメンってだっておかしいでしょ?要するに、人をびっくりさせようと思って作ったのが定番になるっていうすごいいい例だよね。

総務:今の説明ですごくしっくりきました。

Maroさん:だってとんかつチョコはねぇ、Maroもそれはちょっと違うと思うよ。(笑)やっぱり定番メニューにはならないじゃん。
だけど、ヴァイオリンコンチェルトといえばメンデルスゾーンって言われるようになったのはさ、彼が“新しいもの”を生み出したという、彼の創造が勝利した結果なんだよ。とはいえ、彼が最初に書いたコンチェルトっていうのは、もう少し室内楽的なんだよね。

総務:ニ短調ですよね。

Maroさん:そう!それとね、もうひとつ、ヴァイオリンとピアノのためのコンチェルトがあるんだけど、これはもう本当に、ものすごく室内楽的な曲なんだよね。
それを考えると、彼のシンフォニーも同じでしょ。最初は弦楽のための作品をたくさん書いていて、そのあとに大きな管楽器が入ったシンフォニーを書いていく。彼の中では、常に“新しいものを、どうやって新鮮に見せるか”っていう意識があったんだと思う。
だから、そういう意味では、このメンデルスゾーンっていう人は、やっぱりメンデルスゾーンだよね(笑)。
みんな、メンデルスゾーンになりたいなって思ってるんだよね。


総務:メンデルスゾーンに感謝ということなんですね。では、僕はヴァイオリンをやっているのでどうしてもヴァイオリン目線の質問になってしまうんですけど、メンデルスゾーンは少しヴァイオリンをかじってる人だったら絶対ヴァイオリン教室とかで通る道だと思うんですよ。やっぱり自分も奏者として弾いている中で感じるのですが、みんなそれぞれの思い思いのソリストのメンデルスゾーンみたいなのがあるので、Tuttiの一緒にメロディー弾くところとかで個々人がバラバラというか、パートとしての一体感のあるTuttiがなかなか出ないなっていうのはパートでもなかなか苦労していたりします。あとこれはヴァイオリンに限った話ではないんですけど、今の京大オケでコンチェルトのオケ部分をやったことのない奏者が割とほとんどなので、伴奏とソロの掛け合いとかにも苦労しています。音量のバランスとか。Maroさんはこれまでコンマスとしてもメンデルスゾーンをやられていると思いますし、今回ソリストでもやっていただいているので、コンチェルトをやる上でオケとソリストの関わり方の極意などがあれば教えていただきたいです。

Maroさん:逆にどういう風に考えているの?

総務:僕はセカンドヴァイオリンなので、主張するところもあるけど基本背景のイメージですね。例えばタリラリタリラリの最初のところとかやっぱり音が大きくなってソロを消してしまうみたいな感じにならないようにっていうのは割とパートとしては意識しています。

Maroさん:それは人数が増えたせいだよね。本来はこんな大人数ではやらないし、管楽器もあまり進化していなかったから、今ほど音が出ない。今は音が出すぎるんだよ。あとは、ソリストが増えて、ソリストを立てるようなポップな形になってるんだけど、違うよ。本当はこの曲は室内楽なんだよね。みんな、室内楽で演奏するっていう気持ちがあまりない。
たとえば自分の仲間が一人歩いてて遅れてたらどうする?置いていく?

総務:戻りはすると思います。

Maroさん:一緒に同じ速度で歩いたりとか、周りが気を遣うでしょ?それと一緒。宴会やってて食べてないやつがいたら皿に盛ってあげたりする?

総務:自分はどちらかっていうと盛ってもらう側かもしれないです。(笑)

一同:(笑)

Maroさん:お互いに気を遣いながら、一緒に進んでいくんだよ。オーケストラが巨大になったから、今はこういう演奏のやり方になっちゃってるけど、本来は違う。みんなで、もっと一緒に歩いていかなきゃいけない。
だからね、“伴奏”っていう言い方じゃないんだよ。どこが欠けてもダメなんだよね。
メンデルスゾーンのヴァイオリンは、いわゆるソロ・ヴァイオリンじゃない。二十世紀になって、たとえばバルトークみたいになると、ソロになるんだけどね。
メンデルスゾーンの時代の音楽は全部プリンシパルなんだよ。要するに、その中の一つの声部が前に出ているだけなんだ。それって、オーボエがソロを吹いてるのと同じなんだよ。チャイコフスキーのシンフォニー4番で、タララー、タララー、タラーってあのソロを吹く人を、ソリストって言う?言わないでしょ。もう少し後の時代になるけど、ブラームスのヴァイオリンコンチェルトだってそうだし、チェロとヴァイオリンのドッペル・コンチェルトだって、あれ全部シンフォニーでしょ。ベートーヴェンも、やっぱりシンフォニー。モーツァルトも、あれはプリンシパルで、シンフォニーなんだよね。
本来このメンデルスゾーンのコンチェルトっていうのは、全員が一緒に音楽をやって、進んでいこうっていう曲なんだよ。
ロマン派の作曲家のコンチェルトはさ、シューマンにしても、ブラームスにしても、メンデルスゾーンにしても、やっぱり室内楽じゃん。シンフォニーみたいじゃん、全部が。
でも、ヴァイオリンの世界には、そうじゃない人もいる。それはパガニーニだったり、ヴィエニャフスキだったり、ビュータンだったり、ベリオだったりする。パガニーニなんかは、きらびやかに自分を見せるための音楽じゃん。そういう楽器が世の中にあって、そういう曲を演奏家が“花形”として扱うから、今のイメージができちゃってるんだよね。(笑)
だからといって、メンデルスゾーンをそれらと一緒にしちゃダメ。伴奏はしなくていい。一緒に歩いていってくれる?っていう話なんだよ。
ただね、世の中にある録音が流行っちゃって、ブワーッとでかい音で捲し立てる演奏が、二十世紀から二十一世紀の頭にかけて流行っちゃった。でも、本来は、そうじゃない方がMaroは好きかな。

総務:いまMaroさんから見て京大オケは一緒に歩んでますか?

Maroさんいや、あとから着いてくるみたいだもん。カルガモのお引越しみたいになっちゃってる。

一同:(笑)

Maroさん:Maro、引率しないから。(笑)

学指揮:追い越してやるみたいな。

Maroさん:そうそう。

学指揮:今日は彼(総務)が多分仕掛けるので。

Maroさん:あ、そうなの?楽しみ。

総務:えぇ!?あ、勿論仕掛けます。(笑)
よろしくお願いします。

Maroさん:大体そういう時に限ってこけたりするんだよな。(笑)

総務:そうですよね、気負わないようにしないとですね。

学指揮:総務は関西人だから許されている。(笑)


総務:N響の記事かなにかでMaroさんが、「音楽には主語がない。作曲家が絶対神。」と書かれていました。ただ、奏者として自分として表現したいことは絶対あると思うんですけど、そことの折り合いはどうつけられてるのでしょうか。

Maroさん:それはあるよ。あるある。作曲家は神だ、とは言ってるけど、作曲家が常に正しいとは言ってないからね。要するにね、自分で“生む”ことはできないんだよ。生むというのはものすごく難しい。模倣は簡単なんだ。でも、それを生み出した作曲家っていう存在が、やっぱり偉大なんだよ。これはもう間違いない。
じゃあさ、ベートーヴェンの時代とか、モーツァルトの時代に演奏されていたスタイルと、今の演奏って一緒か?って言ったら、違うよね。時代とともに、演奏のあり方は変わっていかないといけない。
じゃあ、なんで時代とともに変わっていけるのかっていうと、その中に自分のアイデアを入れることができるからなんだよ。
もちろん、守らなきゃいけないところは守らなきゃいけない。でも、新しいアイデアは新しいアイデアとして、ちゃんと組み立てればいい。いわゆる“守破離”ってやつだね。
要するに、“守”をなくしちゃまずいんだよ。守をなくすっていうのは、ラーメンを手づかみで食べるようなものだから(笑)。だからまず守るべきものは守る。その上でアイデアを足していくことで、自分のスタイルができていく。それがやっぱり正しいやり方だと思う。そうやっていけば、基本的には全部ありなんだよ。
でね、自分でやることっていうのは、反則技も含めていろいろあるわけ。やっちゃいけないことも、やるからね。でもそれは、やる前に作曲家に電話して聞けばいいだけの話なんだよ。聞けない場合は、とりあえず死んでから聞けばいい(笑)。

一同:(笑)

Maroさん:「貴方、本当はこう思ってたでしょ!」とかさ、「これ、本当はやってみたかったでしょ!」って言ってみれば、もしかしたら作曲家本人は「うん、そう!」って言うかもしれないじゃん(笑)。
要するに、全部実験なんだよ。何かをやってみることで、次の人がまた別のアイデアを生むかもしれない。そうやって、年々、時代ごとに、演奏法っていうのは全部変わってきてるわけでしょ。
だから、それでいいんじゃないのかなと思う。
逆に言えば、書いてあることだけをそのままやってたら、全然意味ないんだよ。医学がこれ以上、進歩しないのと一緒さ。

学指揮:解釈モデルみたいなのが先にあって、それに対して自分のモデルをくっつけるというか。一対一じゃなくて全体と全体で。

Maroさん:というかね、今の人はね、レコードを聴きすぎるんだよ。レコードとか、いわゆる再生媒体を聴くっていうのは、他人の意見を自分の中に埋め込んでしまうことになるんだよね。
実はMaro、CDを再生する機械を持ってないんだよ。持ってるのは蓄音機だけ。あの時代の演奏が好きなんだよね。なんでかっていうと、当時は再生媒体がほとんどなくて、世の中に伝わっている話とか、作曲家がまだ生きていて直接言ったこととか、あとは楽譜を見て、自分で考えるしかなかった。当時の演奏家は、「これはこういう解釈もできるし、別の解釈もできるけど、でも自分はこう弾くんだ」って考えて弾いてたわけなんだよ。だから、めちゃくちゃ個性が強いんだよね。これは要するに、コピー商品がないってことなんだよ。今はさ、何か一つヒットした演奏が出ると、「これに寄せていけば平均点は取れるだろう」って考えて、みんなそっちに寄っていくでしょ。で、少しでも違うことをやると、「普通は違う」って言われる。
でもさ、その“普通”って何なの?って話になるわけだよね。結局、あんたが聴いてるCDが基準になってるだけでしょ、って。
だからね、“普通と違う”とか気にしなくていい。再生媒体を聴かずに、楽譜から自分で読み取ったものは、全部正しいと思って演奏すればいいんだよ。そうしたほうが、もうちょっと音楽を楽しくできると思う。

学指揮:ぱっと思いつくのは、マーラーから話を聞いたメンゲルベルクとかですか。

Maroさん:そうそう、そんな感じ。メンゲルベルクの譜面なんかはっきりそう書いてあるから。特にひどいものになると、演奏を聞いててここは誰々のコピーで、ここからは別の誰々のコピーで、この小節からここまでは誰々とか、いっぱい書いているよ。そうはなってはいけない。


総務:Maroさんはアマオケともこれまで多く関わってこられたと思います。
Maroさんが周南フィルハーモニーさんと共演された様子を、山口放送のYouTubeで拝見して、「音楽は宇宙。そこにアマもプロも隔たりは無いんだよ」みたいなお話をMaroさんがされていました。プロ中のプロとしてご活躍されてきたMaroさんがアマオケにそういった目線、お気持ちで関わってくださってることが知れて私はとても嬉しかったです。
でもその一方で、アマである我々としてはプロ中のプロであるMaroさんや田中先生に近づいていこう、はたまた超えていこうという気持ちでは取り組んでいるわけですが、やっぱり技術的な面だったりの隔たりを感じる部分がどうしてもあるんですよね。それでも一緒に一つの音楽を作っていく上で、プロとアマの垣根みたいなものをどう捉えられているのかなと思っております。

Maroさん:みんなの中でプロっていうのは何?

総務:お金をもらえるか否かですかね。

Maroさん:そうそう、要するに職業なんだよ。職業の業種としてプロとアマチュアっていうのが存在するんだよ。じゃあ音楽としては?

総務:フラットですかね。

Maroさん:そう、フラットなんだよ。垣根がない。で、例えばプロが音大行ったとか音大行かないとかよく言われるよね。でも、Maroは大学を出てないからね。

学指揮:そうなんですか。

Maroさん:Maroは音楽院を出ているから。

総務:ウィーンのですか?

Maroさん:そう。音楽院っていうのは何?

総務:音楽院ってなんなんですか?あんまり存じ上げないです。

Maroさん:わかんないでしょ。日本には無いシステム。Maroのマイスターって称号は日本には無いのよ。マイスターって何かわかる?

学指揮:技師ですかね。

Maroさん:いわゆるマイスタージンガーのマイスター。大工の棟梁、寿司屋の親方、落語の真打みたいなものらしい。ヨーロッパではマイスターが広く認められていて、マイスターの職業としての地位はものすごく高いんだよね。だけど、日本にはそういうシステムがないから表現しようがないんだよね。音楽院では、大学で自分の目指すものの勉強をしながら音楽院にいる人もいっぱいいたりして、要するに自分の専門外として音楽をやってるんだよね。

学指揮:Maroさんは、マイスターになるのが目的で留学されたんですか?

Maroさん:いや違う違う、一番最初は007になるために留学した。(笑)

総務:あ、そこで007なんですね。(笑)

Maroさん:そう!007になりたくて、ウィーンの景色が007の映画で見た景色と一緒だったから留学した。ものすごく動機が単純なんだよね。目的を持って動くっていうことは当時はあまり知らなかった。

Maroさん:職業として見ればね、たとえば今Maroがマネジメントに入っているとか、N響に所属していたとか、そういうのは一つの団体として成り立って、組織として動いているわけでしょう。だから、そういう意味では職業音楽家としてプロと言える。
でもね、音楽っていう大きな括りで考えたときに、それ自体にはプロとアマの垣根はないんだよ。

Maroさん:例えばね、アマオケとかジュニアオケとかの演奏会聴いて感動することってあるでしょ?Maroはいっぱいある。逆に、N響聴いて全然感動しないことあるでしょ?(笑)完璧なのに何も感動しない時。別にN響じゃなくてもいいんだけど、どこかのプロオケがものすごく完璧に弾いているのに感動しない時があるよね。まあそれ食べ物でもいいんだよ。ものすごい一級レストランで、全ての食材も、盛り付けも完璧なのになんか違う。それだったら駅の立ち食い蕎麦とか、おばあちゃんが作ってるお好み焼きの方が感動するみたいな。それと一緒なんだよね。

Maroさん:要するに、音楽に隔たりはない。だけど職業には別の職種として存在する。それだけのことなのに、それをみんなプロとアマって分けすぎなんだよね。今回なんかも田中先生が来てラフマニノフのこと、リストのことをみんなで一緒に考える、そしてMaroも入ってメンデルスゾーンのことを一緒に考えるという形が一番正しい形なんだよ。だからそのプロとアマっていう考え方はMaroは全然持ってないわけ。もともと、ヴァイオリンを弾いていたら友達ができるよっていう風に育てられてたから、そういうもんだと思ってる。(笑)


学指揮:自分は少し変わっていて今京大オケ7年目なんですけど、コロナ禍を京大オケで過ごした時に完全に活動休止を余儀なくされました。でもコロナ禍が明けて活動再開した際に、普段通りというものが骨抜きにされて戻ってきたみたいな感覚があって、音楽って不要不急なんだなあということを痛感させられてしまったんですよね。また、大学オケというのは、アマオケの中でもとても特殊な環境とも言えると思います。Maroさんのようなトッププロの方から見て、大学オケという場の面白さ、意義っていうのはどこに感じられるんでしょうか?

Maroさん:その時に、最高の仲間ができることだと思うよ。Maroはコロナ禍のときに、NHKの「孤独のアンサンブル」っていう番組に出たんだよ。オーケストラ奏者が一人ずつ、自分一人でリモートで演奏していくっていう企画だったのね。そのときに強く思ったのが、世界中が一気にロックダウンして、物事が全部止まっていくっていうのは、やっぱりおかしいなっていうこと。政権を握っている政治家がそういう判断をすると、世の中は一瞬で全部変わってしまう。良くも悪くもね。そこで、クライスラーのことを思い出したんだよね。あの時代、国がユダヤ人を迫害するという判断をしたことで、物事が全部そちらに動いていった。国民は従わざるを得ないし、それに反逆すると国に殺されてしまう。クライスラーが書いた国歌も、『ユダヤ人が書いた』っていう理由だけで燃やされたんだよね。Maroはそういう判断をする国って、最悪だと思う。
だから、その番組では、そういう意味を込めてオーストリア国歌を弾いたんだよ。クライスラーが書いたやつをね。(笑)

Maroさん:確かに病気というのは怖いもので、自分が動くことによって自分の大事な人を殺してしまうかもしれないっていう怖さもあるんだよね。だからみんなコロナ禍では、色々なことを自粛したんだけど、でもその間に本来はもうちょっと人とのつながりをもっと強くする方法を考えなきゃいけなかったと思うんだよね。だけどそれが中々難しかった……。
コロナ禍っていうのは、Maroが経験した中でも一番びっくりしたことかな。戦争でさえN響の定期公演が止まったことはなかったのに。コロナ禍では止まったからね。

Maroさん:ただね、Maroが16歳の時に知り合ったジイさんが「音楽は人知を超えられる」って言葉を残してくれたんだよ。その人はナチスに収容所に入れられたユダヤ人で、手に番号がばーって書いてあった。だけどそのおじいさんが言った言葉はやっぱり本当かなと思ってる。「音楽は人知を超えられる」からこそ、そういう意味で音楽を続けていくってことがすごく大事なんだよね。コロナ禍だからとか、大学がどことか、そういうことよりも自分たちが今一緒に音楽をする仲間がいるということ、そしてそれを続けていくことが大切なんだと思う。そういう感情をもう少し自分たちの中で育てていけば価値観が大きく変わると思うんだよね。

学指揮:やりたいことをやるっていう意味でいうと、Maroさんは今後の大きい目標とか、なにか目指していきたいものはあるんですか?

Maroさん:この先の世代に何かを残してあげられるってことが大事かなと思ってるよ。今Maroはミュージックフォースっていう取り組みに力を入れてる。それは要するに音楽で人を繋げていくっていうことをやってるの。興味があったら覗いてみて。ミュージックフォースって調べたら出てくるから!


総務:最後に、Maroさんをお呼びした経緯について少しお話させていただきたいです。
小さいときからMaroさんの演奏はテレビで拝見してたんですけど。

Maroさん:そうなんだ。

総務:指輪とかもかっこいいなって。(笑)

Maroさん:あーこれね。(笑)

総務:で、自分は京大オケでヴァイオリンコンチェルトをやりたかったので、さあ誰をお呼びしようかってなったときに、憧れだけでいったら絶対Maroさんなんですけど、ほんとに大スターじゃないですか、Maroさんって。だからそんな大スターの先生が京大オケなんかに来てくれはらへんやろなーって、半ばお声掛けするのを躊躇してたんですよね。(笑)

Maroさん:大スターなんかじゃないよ。(笑)

総務:スーパースターです!(笑)
で、お声掛けしようか迷ってたところに、たまたまN響ほっとコンサートのウルトラセブン特集の映像がYouTubeで流れてるのを見つけて。ウルトラセブンのことが大好きなMaroさんが、ウルトラセブンの最終回、モロボシ・ダンがアンヌに正体を明かすシーンの台詞を再現されてるシーンがあって!シューマンのピアノ協奏曲と一緒に。

Maroさん:あ、あれね!小林(小林愛実さん)とやったやつね!

総務:自分も幼稚園の時からウルトラセブンが大好きで、Maroさんの再現シーンを拝見して、童心に帰って懐かしくなって。それで何よりも、いつまでも少年の心を忘れないMaroさんのお人柄、ユーモアたっぷりのお人柄に感動しまして、Maroさんならきっと引き受けてくださる!と確信してお願いさせてもらったら、そこからトントン拍子で。本当にありがとうございます。

Maroさん:そんな経緯があったんだ。ありがとう!というか、その世代でウルトラセブン好きなの珍しいよね。(笑)

総務:あはは。昔からです。なので、今回の定期演奏会が実現したのは、ある意味ウルトラセブンのおかげということで、その記念に最終回のあのシーンをMaroさんと僕で再現して終わろうかなと思うんですけど、いいですか?(笑)

Maroさん:全然いいよ。(笑)

総務:ありがとうございます!で、昔ちっちゃい時に遊んでたウルトラアイを実際に持ってきたんですよ。サンタクロースにもらったやつ!

Maroさん:ハハハ。(笑)それMaroもN響の時かけたよ。(笑)
(Maroさん:写真見せる)

一同:(笑)

総務:では、これで最後にMaroさんに変身していただいてインタビューを締めようかなと思っております。(笑)セブン最終回で実際に流れた、リパッティのピアノの演奏音源も用意して流せるようにしてあります。(笑)

Maroさん:アンヌやってね。(笑)

アンヌ(総務):
どうして逃げたりなんかしたの……?
ねぇ、答えて……。ダン……!

モロボシ・ダン(Maroさん):
アンヌ!僕は、僕はね……人間じゃないんだよ……!M78星雲から来た、ウルトラセブンなんだ!

(〜〜🎵🎵〜〜)

総務:あ、間違えた(笑)

Maroさん:違う曲が流れた!?(笑)

総務:あ、2楽章流しちゃった。こっちこっち。(笑)

一同:(大笑い)

(〜〜 シューマン:ピアノ協奏曲 〜〜)

総務:これをバックにキラキラキラキラ〜って映像が切り替わって入る。

Maroさん:いい場面、いい曲です。(しみじみ)

総務:ありがとうございました。(笑)

Maroさん:デュワ!
(ウルトラアイ装着、ウルトラセブン変身完了)

一同:(大笑い)

記念写真
左から順に学指揮、Maroさん、総務

文:218期HP広報

※本インタビュー中の台詞は、1968年9月8日放送の 円谷プロダクション制作 『ウルトラセブン』第49話「史上最大の侵略(後編)」より引用しています。