客演指揮者 田中祐子先生インタビュー

総務:この度はお引き受けいただき、ありがとうございます。
先生には今回、京大オケを7年ぶりに振っていただくことになりますが、7年前とは大きくメンバーが変わっております。
当時の総務の方やパートトップに、当時は少々尖った団員が多かったと伺っております。(笑)当時に比べれば、今は割とマイルドなメンバーが多くなっているのではないかと思うのですが、先生の目にはどういう風に変化したと映っていますでしょうか。

田中先生:昔の方が尖ってたという印象よりは、コロナ前とコロナ後の違いが大きいと感じています。コロナ禍はプロにとっても愛好家にとっても、とても大きな出来事で、「音楽や文化が本当に必要なのかどうか」のようなことを、全国民・全世界が考えた。それを一回経た人たちと、経ていない人たちというのでは、違いがあると思う。
たしかに、以前の京大オケの学生さんの方が少し積極的に映っていたとは思う。でもそれは今の皆さんの力不足が原因とは考えていなくて、おそらく経験したことや見たものがこの5〜6年で大きく違うので、音楽や文化に対する積極性みたいなものが、以前の代とは変わったのかな、というイメージです。
一人一人のキャラクターは今回も尖ってますよ、どんな意味でも。そしてやっぱり京大というところは本当に色々な人たちがいて面白いなあ、と感じる。学年が進むと研究内容も専門的で興味深い!今回もみんな充分尖ってるよ(笑)。

総務:Maroさんに「いい意味でも悪い意味でも真面目で、クレヨンしんちゃんみたいな子がいない」とお話しいただいて、身に染みていたのですが、かき乱すというか、そういう要素というのはあまり無いんじゃないかと。

田中先生:そういう意味では、前回もかき乱す人はいなかった。だけど、さっき言った変化は、コロナの影響だけでもないと感じていて、京大生だけじゃないと思うし、中高生もそうだと聞いています。私は、ここ3年くらいNHKコンクールの全国大会の審査をしていますが、全国まで上がってくる生徒さんは皆とても上手いし、礼儀正しいのだけど、例えばとても印象に残る演奏となると話は変わってくる。学校ごとの個性みたいなものは、以前より感じにくくなったように思います。
これは大人にも言えることだけど、、、今、多様性を認めよう、という世界的な流れがありますが「多様性」という考え方が、逆に自分たちを消極的にしてるようにも感じてる。「どんな意見もありなんだ」というのは、「どの意見も言えない」を生み出す危険性もある。「何を言ってもいい」となると、人間って逆に何も言えなくなるじゃない?「自由だよ」って言われると怖くなって、突出することを恐れたり、逆に小さくなってしまう側面は人間、誰しもあるよね。だから、今回ご一緒するみんなは、その自由や多様性を20歳前後で手にした、新しい世代っていう感じがするかな。本当に個々の力が試される世の中になってきたよね。

学指揮:コミュニケーションとかもそういうところはありますよね。先輩後輩の関係でも、それこそ「多様性でいい」ってことは、ある意味「教える」っていう行為自体が成り立たなくなるじゃないですか。そのままの状態でいいってことになるので。そのような点でもコミュニケーションが薄くなる側面はあると思っています。

田中先生:そうだね。コロナ禍後の変化について、先ほどは文化の話をしたけれど、例えばハラスメントの考え方も、この5、6年ですごく変わった。例えば先輩後輩の間のお話も、互いの踏み込み方が浅くなるのは仕方がないよね。これは、どの世代も、どの業種も多分皆考えてるんじゃないかな。過渡期よね。
ただMaroさんが仰ってるような意味では、もうすでに2019年の初共演の時から「かき乱す感じの人」はやっぱりいないなと思ってる。それは音大生や他の大学オーケストラさんもこの10年ぐらいはそうよ。やっぱり皆さんすごくいい子。(笑)
私は昭和生まれなんだけど、11個下の夫は平成生まれなのよね。もうこの時点で全然違うからね。私たちの世代からすると、今の30代後半の世代もかき乱さない世代と感じることも多いから、今の京大オケの皆さんなんかは当然そうなるよね(笑)。ただ、世代間ギャップってもう古(いにしえ)からずっと続いてることだからね(笑)。

学指揮:結構もっと長いスパンでの話なんですね。意外です。

総務:先生はかき乱す感じだったのですか?(笑)

学指揮:どんな悪事をはたらいたのですか?(笑)

田中先生:悪事は働いていないけど、かき乱していたと思います(笑) 私は合唱部を小4の時に音楽の先生とゼロから立ち上げたのだけど、最初20人ぐらいしか集まってなかったのが、小6になるときにまず児童会長になって、更に部長になって合唱部を80人まで大きくしました(笑)児童集会を全部音楽集会にしたり、友人たちとありとあらゆる手を使って(笑)音楽をやっていた(笑)。中3もピアニスト兼部長で頑張ってたなあ(笑)家に帰ったらソロのピアノを弾いてました。浮いてましたし、かき乱していた自覚もあります(笑)。

世相とともに求められるリーダー像も変わるよね。いっとき、割と穏やかな方がリーダーになる時代なのかなと思いきや、その反動でグイグイ引っ張る方が知事や首相になったり。その逆もあったり。私が中学の時は、隅っこの方にいる、やんちゃなグループたちも「田中が言うんだったら合唱コンクール出なきゃな」って、そういう、学級委員もやるけれども、やんちゃなグループたちも巻き込むっていう絶妙な立ち位置を取ってました(笑)やんちゃな子たちも大好きだったし。
まあそういう昭和の時代はありましたけれど、今の学生さんは穏やかにみんなで楽しくやっていこうっていう感じで、それもそれでいいんじゃないかと思うよ。


総務:田中先生に今回の共演をご承諾いただいた際に、「Maroさんは恩人」と仰っていただきました。Maroさんからは、「田中先生とは、音楽を作る上で物事を喩えていくというかけ合いをずっとN響でやってきたから、そういった意味で普段のやりとりをすごく楽しめている」という話をしてくださいました。田中先生にもMaroさんとの関係性やエピソードをお話ししていただきたいです。

田中先生:もう、ありすぎて。(笑)私の夫はMaroオケのメンバーなんだけど、Maroさんと同じ北九州出身で、夫が小学生のときに北九州のジュニアオケでMaroさんをソリストとしてお迎えして共演しているらしいんだよね。夫婦共々長い間凄くお世話になっています。
私がN響でアシスタントをしていた時に感じたMaroさんの素晴らしさというのは、とにかく包容力。何があっても、温かく大きく音楽空間を包んでくださる知性と教養と、言わずもがな、人間力。そして長い海外生活で纏われた音楽の香り。つまり語感からくる多種多様なリズム感を全身から、音色から感じます。体に染み付いていらっしゃる。だからMaroさんは、とてもフレーズが長くて、引き出しも無限。歩く音楽の宝石箱みたいな方です。
大きなスケールで音楽を捉えながら、どっしりと存在してくれながらも、偉ぶった姿を見た事がない。リーダーだけど、皆と仲間だけど、でも、群れない。指揮者からすると、こんなに頼もしく、信頼できるコンサートマスターはいないです。
あともう一つ、指揮者の悪口を言っている姿も一度も見たことがない。Maroさんはオフの時間でも、オンのN響の練習場でも、どんな状況でも、個別に誰かを批判しないし、その対象が指揮者であることもない。オケという活動の中で、誰か個人の責任にするような姿は少なくとも私は見た事がない。きっとそれはMaroさんにとって凄く自然な事なんだと思う。
そして、オケの中で演奏するスタンスとして、まず指揮者が示す方針にとても耳を傾けてくださる方。指揮者のアイディアをいち早くキャッチして、オケ全体が何をすれば良いのか、という姿勢でいらっしゃる。どんなに若い指揮者が相手でも、その姿勢を崩さないっていうところを私はとても尊敬しているし、何が起こってもポジティブに変換して、周りにいいエネルギーを与えてくださる。本当に大尊敬しています。
私がN響でモーツァルトのジュピターを振った時、何も言葉を発さずとも、私の手の動作から「きっとちょっとバロック寄りにアプローチしたいんだろうな」みたいなことを、すぐに感じ取っていただけた。Maroさんがキャッチして下されば、すぐにオケの音は変わるし、スケールが想像以上に広がっていった。忘れられない手応えでした。

学指揮:関西から見ているとN響って色々な指揮者を呼んでいるイメージがあるんですけど、まずやはり色々な方を呼べる土壌がやっぱりそこにある気がしますし、逆に言うとその土壌があるからこそどんどん広げられていると感じます。

田中先生:おっしゃる通りで、Maroさんは間口がすごく広い方だと思います。人の音楽を否定しない。そこはもう本当に尊敬していますね。

総務:この間Maroさんとの対談でも、「協奏曲は対等に進んでいくから、もっとグイグイ来て」っていう話をしていただきました。

田中先生:あんなに強面で(!)あんなに重鎮なのに、私半分くらいタメ口でお話しさせて貰っています。でも、それはMaroさんから、どんな若手に対しても「一緒の音楽家だよね。」という、何かこうフェアなモードを感じるの。私もリスペクトを込めて対等にお話しさせていただく数少ない大先輩ですね。


学指揮:では、プログラムに突っ込んだ内容を質問いたします。メインのラフマニノフについて、「ロシア的」ってよく言われると思うんですけど、何がロシア的なのか書いていなかったりとか、あるいは書いていても全然内容が人によってバラバラだったりとかして。ラフ2に決まってからその辺を自分は楽譜を読みながらずっと考えているのですが、先生的に「ここぞロシア」っていうようなところはありますか?

田中先生:私は「ここぞロシア」というよりは、「ここぞピアニスト」という色の方がやはり強いかなと思う。私の考えだけど、ラフマニノフが生きた時代は、既に国による色の濃さはどんどん薄れ始めてる時期かなと。作曲家も国を越えて勉強したり活動したり、亡命したり。だから、彼が残した譜面が一番大事で、そこに全て宿っているし、読み込むと、国に縛られないそれ以外のことが見えてくる。例えばフルートだけに旋律があって、他はコラールのように一斉に三拍目から出てくるのに、どれも同じダイナミクスを書いてたり。記譜法や管弦楽法が発達したラフマニノフの時代にはやはり特徴的だな、と思う。ピアニストは自分一人ですべての指を操って弾くから、内声と外声のバランスを自主的に取る。書かなくとも察して欲しい、という事なのだと思います。だから、私たちは、オケの譜面から自分で読み取って、例えば内声は弱くして外声はしっかりと出すということが求められている。

学指揮:それは私もすごく思います。

田中先生:ピアノ独特のパッセージとかね。ピアノであれば鳴りやすいけど、管楽器や弦楽器には非常に難しい、など。そして、例えばこれは本当にファゴットじゃないとダメだったのかな?というように、楽器の個性や機能よりも、音の配置に重きを置いているように感じる箇所も多いかな。
それは、ラフマニノフが曲作りの際に、大枠でピアノ曲として想起し、その次にシンフォニーとして厚みを構築するプロセスを踏んでいたからでは、と私は想像してる。当然の話かなと思っています。その厚みがロシア的に聞こえると思われるかもしれないけど、彼の出自国だけで音楽のカラーを読み取るのではなく、他の多くの作曲家の譜面に触れて、違いを感じて、彼の特性を見い出すべきかなと。実はピアノが彼の中で鳴っていて、それを拡張していって結果的に響きが厚くなったと考えられるから、一概にロシア的と括るのは難しいと私は感じています。例えばロシア文化を象徴するようなバレエ音楽としては大きなものが残ってないしね。

学指揮:すごくロジカルですね。

田中先生:シューマンの管弦楽曲と同じくらいピアニスト独特の色がオーケストラ作品に現れた作曲家と言えると思います。

学指揮:強弱だけじゃなくて、テンポ変化とかスラーのかけ方についてもいちいち書いていなくてこちらに委ねられている気がします。

田中先生:シュトラウスとかラヴェルのような、管弦楽の魔術師たちとは譜面の毛色が全く違いますね。彼のピアノ曲に精通していないと、ラフマニノフのシンフォニーの指揮はできないと私は思っています。彼のピアノ曲でロシア的な何かを感じることはできたとしても、オーケストラの作品としてどうかと問われると、ショスタコーヴィチなど、もっと社会的な背景を背負っている作曲家のオーケストレーションと比較せざるを得ません。

学指揮:時代的にもあんまり政治に絡んでいない人ですね。あとはオーケストラの厚みに関して言うと、自分は結構弦楽器の譜面に管楽器を補強でペタって足してる感じがします。特に、メロディーにオーボエを重ねるところとか、「それいる?」みたいな瞬間が結構ある気がするんですけど、あれは、彼が弦から最初に書いてたからなんですか?

田中先生:そんな感じはしますよね。自分でピアノで弾いたものをまず弦楽器に分散させて、というのは想像できるかな。

学指揮:疑問が解けました。

田中先生:いえいえ、私も想像です。


学指揮:リストについてもお聞きしたいです。これも最初に譜面を見た時からずっと悩んでいたんですけれど、ナショナリティがよくわからない人なんですよね。ハンガリー生まれだけどドイツ語圏で育っているし、フランスやイタリアでも作曲している。でもハンガリーのナショナリズムを持っていて、支援者として貢献活動をしてたけど後々バルトークからめちゃくちゃ批判されるって話もあって、彼は一体どこの国の人なんだ?と思います。楽譜の書き方的には、ドイツっぽいなって思う瞬間もあるので、余計に分かりにくいですよね。

田中先生:それが彼の人生なんじゃないかな。そういった想像は、やはり最終的には彼が残した譜面で判断していくべきかと私は思います。今全部言ってくれたことが、リストそのものかなと。
世の中で「リスト」と言われたら、ピアノのイメージですね。リストのピアノ曲の中で、勿論彼のオリジナル曲も美しいのですが、他の作曲家のオペラのパラフレーズだとか、既存曲のハイライトなども多い。そこに国境はないんだよね。彼は国と密接に関わっていたように見えるかもしれないけど、たとえ彼がそういう言葉を残していたとしても、実際残してる作品はボーダレス。それが彼の心の中なのかなと想像するしかないよね。

学指揮:ワーグナーのドイツ主義とかと比べるととても対照的ですね。

田中先生:そうですね。自分の国に固執した作曲家と比較してみると面白いと思います。リスト自身だけを考えるだけじゃ見えてこなくて、その周辺で生きていた作曲家や芸術家がどんな生き方をしていたかを知る必要がある。その上で楽譜を見ると、新しい発見がある。


学指揮:オーケストラという営みの社会的意義についてお聞きしたいです。言ってみれば、200年前の西ヨーロッパの民族音楽に過ぎない、クラシック音楽をすることって、結構変なことだと思うんです。しかもコロナ禍で活動休止になって、オーケストラは不要不急となりました。でもコロナ禍が明けて再建されて、今期は特にチケットも売れているとなると、不要不急でもないように思えてきます。
その意味でプロアマを問わずオーケストラという営みの社会的なニーズあるいは使命みたいなものはどこにあるのかな、ということについて田中先生の考えはどういうものなのでしょうか。

田中先生:何度もリハーサルで話していますが、オーケストラは社会の縮図を感じられる最良の活動だと思います。コロナ禍で「文化を絶やすな」とか、「オーケストラを絶やすな」ということが議論されました。しかし、再開されていざ現場に行ってみると、プロの奏者が全員同じ意見ではなかった。一人一人と喋ってみたら、この問いに対して、一人一人繊細に違った。当然ですよね。
コロナ禍での演奏ではプルトを離して、一人一つのデスクで弾くことを余儀なくされたのだけど、その状況って、全員孤立してるでしょ?その時、全員考えの異なる、違う人たちの集まりなんだと、私は感じた。そして今まで聴いたことのないサウンドだった。
いつも色々なオーケストラに行って作品と向き合う時、それまでは皆同じ方角を向いて作っていくことが自然だと思っていたかもしれない。だけど、全員違うんだ、ということをコロナ禍で突きつけられた気がした。私はアンサンブルは「個の集団」だと常に思っているんだけど、一人一人が違って当然だという前提で始めなければ、最終的に倍音の深みも厚みもスケールの豊かさも出ないんだなと、コロナ禍に改めて感じたね。
これは実際に今研究されてることなんだけど、二つのグループに同じ校歌を歌わせる。校歌は「〇〇川のなんとか、〇〇山のなんとかを毎日見つめると〜」のように、地域の固有名詞が出てくる。それを、特定の山や川を実際にイメージしてもらって歌ったグループと、自分たちで各々川や山を想像して歌ったグループとでは、後者の方が倍音が豊かだったという結果が出てるみたいで、研究段階ではあるけど、面白いよね。そういう観点でアンサンブルに関わると、答えは無いなと改めて思うし、永遠にミステリアスな活動だなと思ってワクワクする(笑)。
京大の皆さんたちは、これから社会の一員として様々な専門的活動をしていくと思うけど、人と群れないことや、人と違う意見に勇気を持つことが大切になってくる局面は、きっとあると思います。留学していたフランスでは、その点は非常に個々の考え方がはっきりしていて、痛快な場面に度々遭遇しました。生徒が教授に意見することは当然だし、初対面の大人が議論しまくるなんて普通だったからね。
こういった点においては、世界的に見て、日本はある意味特殊な性質の人種かなと思う。だから、特に世界で活躍する可能性のある皆さんにとっても、日本で活動する場合も、学生のうちにオーケストラというものに触れて「隣とちょっと違ってもいいんだ」、「色々な価値観を持ち寄ったから逆に厚みが増えた」っていう経験は、最高だと思う。しかも、いろんな楽器がそこに集まっているから、合唱よりも、吹奏楽よりも、種別が多様だよね。良い経験になってくれるといいなと思って、私も必死です(笑)。

学指揮:Maroさんが合奏で仰っていた、違う速度で横の人と一緒に歩く勇気みたいな話に繋がりますね。

田中先生:そう!今後様々なところで活動していくにあたって、皆さんには、そういう考え方を養っていってもらえたらなと思います。

総務・学指揮:ありがとうございました。

記念写真
左から順に学指揮、田中先生、総務

文:218期HP広報