P. I. チャイコフスキー
交響曲第6番ロ短調 Op.74「悲愴」

 クラシック音楽には、「自伝的作品」と評されるものがいくつか存在する。代表的なものとして、B.スメタナの弦楽四重奏曲第1番「我が生涯より」や、R.シュトラウスの交響詩『英雄の生涯』、またG.マーラーのいくつかの交響曲が挙げられるだろう。これらの多くは、作曲家自身がモチーフとなったことを明言はしていないが、自らの人生観が反映されているものと見ることができる。
 さて、これらは「人生」を投影した作品であるからして、その最後は「死」によって結ばれることがほとんどである。しかし、これらの作品の多くは作曲家が死期を悟り自分の人生を振り返って書かれた、というわけではなく、キャリア中盤に作曲された、もしくは突然の死によって意図せず晩年の作品となったものが多い。したがって、これらの作品の結末は自らの「結末」を予期するものであったと言えよう。今回演奏するピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840–1893)の交響曲第6番は、作曲家自身が「自伝的」で「極めて主観的」な作品と語っている。その結末と作曲者の人生観にはどのような関係があったのだろうか。

 チャイコフスキーは1888年に交響曲第5番を書き上げると、「人生」を題材とした交響曲の作成に取り掛かる。一度は断念するものの、溢れ出る創作力をもってこの交響曲は1893年に完成された。彼が付けた副題は“Pathétique(悲愴)”。フランスオペラからの着想だとされる。初演の反応は微妙だったが彼の自信が失くなることは決してなかった。しかし、その9日後に彼は急死し、この作品は期せずしてチャイコフスキー最後の作品となってしまったのである。

 第1楽章の序奏は木管楽器とホルン、ヴィオラ、コントラバスのみによって演奏される。コントラバスのディヴィジ※1によって伸ばされる空虚5度※2 のなかで、ファゴットにより低音でうごめく旋律が発せられる(譜例1)。最初の4音による動機はこれから次々と現れる旋律の根幹を成すものとなる。

 この極めて深遠な序奏が終わると、ヴィオラとチェロのディヴィジによって先ほどの動機を発展させた第1主題が導かれる(譜例2)。旋律は楽器をせわしなく転々としながら転調を繰り返し、全楽器による強奏部のほとぼりが冷めると、第2主題に突入する。

譜例1

譜例1

譜例2

譜例2

 弱音器をつけたヴァイオリンとチェロによる旋律には、“teneramente, molto cantabile, con espansione(愛らしく、非常に歌心を持って、幅広く)”という指示がなされ、極めて甘美で感傷的であるという点で第1主題とは好対照を成す(譜例3)。チャイコフスキーは非常に極端な音量を指示することでも有名で、第2主題群の結尾にはファゴット(今回はバスクラリネットにより演奏する)にppppppという表記がなされている。展開部はその静寂を切り裂くような全楽器による突然の咆哮に始まる。弦楽器には運命のモチーフとも考えられる、ベートーヴェンの交響曲第5番からの引用(「タタタターン」)も見受けられる。ヴァイオリンより始まる勇ましい第1主題が弦楽器の間で受け継がれ、盛り上がりの頂点でトランペットが第2主題の下降動機を演奏する。途中金管楽器によるコラール※3を挟みつつ、盛り上がりを形成する。一旦静まったところで弦楽器により第1主題の断片が現れるのを皮切りに音楽は高まりを見せ、この楽章最大のクライマックスが訪れる。運命という圧倒的な力による裁き。嘆き、悲哀、苦痛、絶望──。死に絶えるような静寂を挟んで、第2主題が再現されるが、初出の雰囲気とは異なり、非常に幻想的で感情的である。その後、弦のピチカート※4の上に金管楽器、木管楽器によるコラールが演奏され、まさに諦観の境地に至ったかのような弱奏によって第1楽章は締められる。

譜例3

譜例3

 打って変わって、第2楽章は5拍子によるかわいらしく優美なワルツ楽章となっている。チェロにより主題が提示されると、旋律は楽器を跨いで受け継がれていく。中間部は、コントラバス、ファゴット、ティンパニによるD(レ)の同音のなかでため息のような旋律が演奏され、以前よりも悲哀のこもった雰囲気が形成される。やがて最初の雰囲気に戻って音楽が進むと、短い終結部を挟んで第2楽章は終わる。

 第3楽章は8分の12拍子、または4分の4拍子で勇ましい行進曲風のスケルツォである。細かく動き回る音符が楽器の種類を超えて受け継がれてゆくと、オーボエにより主題の断片が演奏される。しかし発展には至らず、その後も旋律が現れは消え音楽の色は常に変化してゆく。一旦の頂点が築かれた後、先ほどオーボエによって示された主題の断片が一本の旋律となってクラリネットに現れる(譜例4)。その後もせわしない音符の上に旋律がリレーされ、冒頭の雰囲気に回帰する。ある程度型通りに音楽が再現されると、長いゼクエンツ※5ののち木管楽器と弦楽器が飛び交うような旋律が現れ、先ほどクラリネットによって示された主題が強奏によって再現される。その後も圧倒的な盛り上がりを見せながら第3楽章は締められる。

譜例4

譜例4

 通常、交響曲の結尾である第4楽章は比較的快活なテンポで演奏されるが、チャイコフスキーは遅く、非常に深遠で「悲愴」的な楽章によってこの交響曲が締められることを選択した。冒頭、弦楽器によって演奏される第1主題は、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリン、またヴィオラとチェロで1音ごとに音の上下関係が変わるという(結果的には下降音形の旋律として聴こえる)、非常に独創的なオーケストレーションがなされている(譜例5)。なお、最初の和音は後述する『トリスタンとイゾルデ』に特徴的な、いわゆる「トリスタン和音」が用いられ、不安定感を演出している。その後、“con lenezza e devozione(静謐に、かつ敬虔に)”と指示された第2主題が提示されると曲は盛り上がり、頂点を築く。一旦その興奮が収まると再び第1主題が演奏されるが、ここでは先ほどの音の上下関係の変化は解消されている。“stringendo molto(非常に加速して)”によって音楽が急速に高まると、この楽章一番の強奏によってクライマックスが築かれる。再び情熱的な第1主題が示されたのち、だんだんと熱が冷めていき、タムタム(銅鑼)の静かな一撃がトロンボーンとチューバによる悲哀なコラールを呼び込む。その後に再現される第2主題はもはや生力をなくし、最後はチェロとコントラバスの最弱音のなかで曲は結ばれる。

譜例5

譜例5

 ここで冒頭の問いに戻る。なぜ彼は、自分の人生を投影した交響曲を、このような形で終わらせたのか。
 ティモシー・ジャクソン(1999)は、チャイコフスキーがこの作品を完成するにあたり、2つの作品から影響を受けていることを指摘する。それが、R.ワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』、そしてG.ビゼーのオペラ『カルメン』である。『トリスタンとイゾルデ』は王女イゾルデと彼女が嫁ぐ王の甥であるトリスタンとの官能的な愛の末、精神的統一とともに死が訪れる作品である。一方『カルメン』では竜騎兵長の男ドン・ホセがジプシーの女カルメンとの情熱的な恋に身を任せ、最終的には彼女を殺してしまうという作品である。チャイコフスキーがこれらの「不安定ながら情熱的な愛と死という運命」を取り扱った作品に大きく影響を受けたのは、彼自身の「不安定」な境遇にある。
 彼は同性愛者であり、彼の甥であるヴラディミール・ダヴィドフを愛していたと言われている。同性愛はキリスト教では「罪」であり、敬虔な信者であったチャイコフスキーは、そのような自分の事情が社会的には容認されない上に、いずれ自分の身に破滅が襲いかかることを予見していたのだ。この交響曲には、溢れんばかりの情熱的な愛と社会的・道徳的な不安定さの狭間で苦悩し、最後には破滅的な死という逃れられない「運命」が訪れるだろうという彼自身の「人生」に対する考え方が見て取れる。

文責:鈴木信之介(Cond.6)

    【注】
  • ※1 一つのパートの奏者が複数のグループに分かれて異なる音を演奏すること。
  • ※2 ある音とその完全5度上の音(ここではE(ミ)とH(シ))のみが鳴らされ、聴く者に空虚感を与えるような音程関係。
  • ※3 讃美歌のように、複数の声部が同じリズムで和音を連ねている旋律。
  • ※4 弦をはじいて演奏すること。
  • ※5 同じ動機を繰り返しながらだんだんと盛り上がっていくこと。
    【参考文献】
  • 池辺晋一郎(2014)『チャイコフスキーの音符たち──池辺晋一郎の「新チャイコフスキー考」』音楽之友社,pp.174-181
  • 音楽之友社編(1993)『作曲家別名曲解説ライブラリー⑧ チャイコフスキー』音楽之友社,pp.44-49
  • Bernstein, Leonard, 岡野弁訳(1972)『バーンスタイン 音楽を語る』全音楽譜出版社,pp.186-211
  • Jackson, Timothy L. (1999) Tchaikovsky: Symphonie No.6 (Pathétique) (Cambridge music handbooks): Cambridge University Press