F. シューベルト
交響曲第7番ロ短調 D 759「未完成」

§1. 作品について

 この曲は、フランツ・ペーター・シューベルト(Franz Peter Schubert 1797–1828)が1822年にウィーンで作曲した2楽章から成る交響曲である。元来教会旋法では扱いが極めて難しいロ音(シ)を主音としたロ短調を主調としている点は特筆に値する。シューベルトがそれまで書いてきた交響曲とは大きく異なり、古典的な交響曲からの脱却を図ろうとしていると考えられる箇所が多い。前期ロマン派に位置付けられることの多いシューベルトの管弦楽曲の中では内的感情が一際強く現れており、物語的展開と心理描写を伴う「小説的性格」を持ったロマン派色の強い作品となっている。本紹介文では、シューベルトの内面的体験と共に捉えたい。

§2. シューベルトの少年時代と母の死

 シューベルトは1808年にウィーンの宮廷礼拝堂付き少年合唱団の団員となり、同時にコンヴィクト(寄宿学校)に入った。そして付属のギムナジウムでの音楽の授業により、シューベルトの音楽的才能が開花した。シューベルトは厳格な父に作曲禁止令を出されたにもかかわらず音楽に熱中し続けていたため、実家を出入り禁止にされた。1812年5月28日、シューベルトの元に彼の拠り所となっていた母の訃報が届いた。母の墓前で悲しみの中で父と和解し、9月中旬にはコンヴィクトを退所した。実家の出入り禁止は解かれたが父に耐え切れず、今度はシューベルト自身で家を出てしまった。

§3. 『私の夢』

 本交響曲の総譜浄書は1822年10月30日に始められているが、シューベルトは1822年7月3日、„Mein Traum(私の夢)”と題した2章から成る散文詩を記している。第1章の中では先述の少年時代の心に負った深い傷について、現実での個人的体験を詩的な形式で述懐する。一方で、第2章では現実的ではなく、超感覚的な領域で独自の宗教的神秘性を伴いながら、慰めや浄化を求める。そして、天上での幻視体験のような形で母への憧れ、復活への思い、無常が語られている。時期的及び構成的に、この『私の夢』と題された散文詩は本交響曲との密接な関連が見られる。

§4. 第1楽章 Allegro moderato ロ短調

 第1楽章の構造として、3つの主要部分(第一部、展開部、再現部)とコーダに分けられ、主要部分についてはほぼ全て同じ小節数を持ち(108:108:109)、コーダと主題提示部も同じ小節数となっており、シューベルトの交響曲の中でも極めて美しい構造となっている(図1)。また、あらゆる主題がppから現れ、それらの主題が全体的に受け入れられた時、内的感情の吐露を感じさせる。

図1

図1. 第1楽章の構造

 まず冒頭では第1楽章のあらゆる主題に現れるH-Cis-D(シ-ド♯-レ)が生気を欠いた不気味さを伴い続けて標語的に提示される。ヴァイオリンによる静かなトレモロと低弦による重いピチカートは、シューベルト中期器楽曲に頻繁に見られるベートーヴェン交響曲第5番からの影響を感じさせる。続くオーボエとクラリネットによる哀愁、そして悲しみに満ちた主題は感情の昂りを見せるが、叫びに近いものに断絶される。ファゴットとホルンによる悲しみから、母の柔らかく優しい愛が涙を拭うようにト長調が平穏をもたらす。母からの愛は甘い主題を奏で続けるが、非常な緊張を伴うパウゼ、そして心の平安が崩れ去るようなハ短調が叩き込まれてしまう。『私の夢』の中で「父はそのこと(宴席でシューベルトが父から勧められた馳走に手をつけなかったこと)に怒り、私を自分の前から追い払った。」と書かれている。実家からの追放である。それでもシューベルトは母への、そして父への愛を胸に母の愛の主題の一部を繰り返しながら決意と共に歩みを進めた。歩みはうまく進むように見えたが、一瞬で打ち砕かれる。母の死である。

 母の死の床に急いだシューベルトは悲しみに暮れた父と共に母の亡骸を見る。父との和解は母の死を通じてなされたが、平穏な姿で横たわっていた母の遺体に続いて歩き、棺は墓穴へと沈んでいってしまう。墓前での苦悩に満ちた導入が繰り返されると、その苦悩は叫喚へと変わり、痛みを伴うほどの叫びとなる。母の墓前での苦悩は最大の緊張を伴い、感情の嵐が巻き起こる。ベートーヴェンの影響を感じさせる、符点を伴う鋭い打撃は、葬儀の終了を告げる教会の鐘のように鳴り響くニ長調とイ長調によって急激に現実に引き戻され、父との生活が始まってしまう。

 母の死後、父との生活は不和が続いており、再現部となるが、母から受けた柔らかな愛は過去のものとなる。母の愛の記憶を辿るように哀愁を帯びつつも希望を求めるような少年時代の記憶がニ長調で奏でられる。不和ではありながらも父に対して深い愛情を持っていたシューベルトはまたも父に愛情を裏切られ、もう受けることのできない母からの愛を胸に今度は自ら実家を離れたのである。そうしてシューベルトは葛藤を抱えながら生きてゆくことになった。『私の夢』では「私はそれから長い長い年月、歌を歌った。愛を歌おうとすればそれは私にとって苦しみとなり、苦しみだけを歌おうとすればそれは私にとって愛となった。 こうして愛と苦しみが私を引き裂いた。」と書かれている。ほぼ同時期にコンヴィクトの友人であったショーバー(Franz Adolf Friedrich von Schober 1796–1882)が作詩し、シューベルトが作曲した「Todesmusik(死の音楽)」D 758の中で、苦しみと愛は、死に際して詩神カメーナの癒しにより光と結婚することで克服されると書かれている。すなわち、死後、苦しみによって愛が、愛によって苦しみが歓喜に変わる(光と結婚する)というシューベルト独特の考えが表れており、第2楽章との連関も伺える。

§5. 第2楽章 Andante con moto ホ長調

 第2楽章はホ長調を主調としており、第1楽章の主調であり、ベートーヴェンが「黒い調性」と呼んだほどの悲歌的で魂の沈鬱を感じさせるロ短調とは大きく異なる。ロ短調の対極に位置するロ長調をシューベルトは歓喜や自然に対する開放的な感情を表すものとして扱うことが多かったが、ホ長調はより崇高で敬虔でありながら、牧歌的性格を伴うものとして扱ってきた。『私の夢』第2章冒頭で、「・・・墓碑の周りには輪が描かれており、そこでは多くの若者と老人達が、まるで至福の中にいるように永遠に彷徨っていた。」とあるように、第2楽章ではシューベルト独自の何か崇高なものに対する考えが色濃く表れている。

 「天上の思念が降り注ぐかのように」至福の主題がファゴットとホルンにより奏でられながら、コントラバスのピチカートは絶え間なく歩む若者と降り注ぐ静かなきらめきを伴う火花を暗示する(譜例1)。これらは第1楽章の主調であるロ短調を思わせて一瞬の不安を感じながらも、慰めを伴う動機(譜例2)により再び至福の主題が奏でられる。燃えるような熱望をもとに神秘の輪へと歩みを進めるが(譜例3)、墓碑の輪に近づくことは叶わず、再び至福の主題が降り注ぐこととなる。至福の主題による安静と沈黙の中、緊張に満ちた神秘の輪の主題(譜例4)と共に、漂い、彷徨い続ける苦悩を見せるように切迫しながら(譜例5)、しかし敬虔な乙女(母)が平穏でいられるように天上の思念の下でも不安を伴う感情の吐露を見せる。神秘の輪への憧れは衝動的な歩みを生み出すが(譜例6)、彷徨う人々が「奇跡のみがその輪の中へ導く」と言う通り、憧れだけでは叶わず、不安を再び呼び起こす。呼び起こされた不安の動機は次第に至福の動機を引き出し、再び慰めによって、しかし今度は「胸に敬虔な思いと固い信仰を抱き」、ゆっくりと近づいた(譜例7)。

 すると輪の中では不思議なほど愛らしい音が広がり、オーボエとフルート、そしてファゴットとホルンにより奏でられる(譜例8)。父とも和解し、コントラバスによる慰めの動機により愛情に満ちた姿で、シューベルトは父の腕の中で泣いていたのであった。

譜例1

譜例1. 至福の主題と火花の暗示

譜例2

譜例2. 不安の和音と慰めの動機

譜例3

譜例3. 1回目の神秘の輪への歩み

譜例4

譜例4. 神秘の輪の主題

譜例5

譜例5. 苦悩の主題

譜例6

譜例6. 衝動的な輪への歩み

譜例7

譜例7. 固い信仰を持った輪への歩み

譜例8

譜例8. 輪の中で広がる愛らしい音

文責:郡和輝(Hr.2)

    【参考文献】
  • Schering, Arnold (1938). Franz Schuberts Symphonie in h-moll: („unvollendete” ) und ihr Geheimnis. Würzburg: Kleine Deutsche Musikbücherei
  • 井上和雄(2009)『シューベルトとシューマン 青春の軌跡』音楽之友社
  • Fischer-Dieskau, Dietrich(1971)『シューベルトの歌曲をたどって』(原田茂生訳)白水社